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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)3879号 判決 1978年9月07日

原告

田中千章

原告

田中勝儀

原告

田中和子

右三名訴訟代理人

堂野達也

外三名

被告

右代表者

瀬戸山三男

右指定代理人

吉戒修一

外三名

主文

一  被告は原告田中千章に対し金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告田中勝儀及び原告田中和子に対し各金二七五万円及び各内金二五〇万円に対する昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は全部被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告田中千章に対し金一八〇〇万円及び内金一五〇〇万円に対する昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、田中勝儀及び原告田中和子に対し各金六〇〇万円及び各内金五〇〇〇万円に対する昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  原告ら主張の請求原因

一  被害の発生

1  原告千章は千葉工業大学に在学中の昭和四〇年一一月二日、国立長崎大学医学部附属病院(以下被告病院という)の第一内科(別名高岡内科、以下第一内科という)で受診したところ、急性糸球体腎炎と診断され、第一内科において、同月九日から昭和四一年四月七日まで入院加療、続いて同年八月二五日まで通院加療を受け、その後は、間もなく千葉工業大学に復学したため千葉県船橋市で開業する同大学の校医深沢医師のもとで引続き加療を受けるとともに、同年一二月二二日から昭和四三年八月一五日までの間一〇回(その内訳は主張のとおり)にわたり長崎市の当時の実家に帰省の際に第一内科で診療を受け続けた。

右復学の際、第一内科の大坪医師は、後記キドラ錠を含む投与薬剤の処方その他従前の治療経過を要約記載した深沢医師宛の紹介状を原告千章に交付した。

2  原告千章は、右入院中の昭和四〇年一一月二三日から前記復学の時期まで第一内科の大坪嘉昭医師らの処方により、訴外小野薬品工業株式会社(以下小野薬品という)が製造、販売する内服薬キドラ錠一日六錠宛の投与を受け、その後も引続き前記紹介状記載の処方に従つた校医深沢医師により、また長崎に帰省の際には大坪ら第一内科の医師により、昭和四四年三月二二日まで三年余にわたり、継続して前同量のキドラを投与されて毎日服用した。

3  原告千章は昭和四三年一〇月ごろより視覚異常を覚え始め、翌四四年三月大坪医師に視力減退を訴え、同医師のすすめにより被告病院の眼科において診察を受けた結果、「クロロキン網膜症の疑い」との診断を受け同月二二日キドラの服用を中止したが、時すでに遅く、その後「クロロキン網膜症」に罹患しているものと診断された。

これにより同原告の視力はキドラ服用中止後も徐々に減退し、右服用中止時の矯正視力は右眼1.0、左眼0.7で中心視野は良好であつたのに、その四か月後には矯正視力が右眼0.2、左眼0.1となり視野の中心部にそれぞれ一〇度の暗点が生じ、また大学卒業時の昭和四五年三月には矯正視力が右眼0.07、左眼0.06に減退し、さらに昭和五〇年七月には矯正視力が両眼とも0.03となり視野の中心部に二〇度の暗点が認められるに至つて、現在失明同様の状態にある。

4  キドラは正式名称をオロチン酸クロロキン(クロロキンオロテート)といい、クロロキンを主成分とする別紙構造式をもつ医薬品であるが、クロロキンがある程度以上投与されるとクロロキン網膜症と呼ばれる不可逆的な網膜障害(視野欠損、視野狭窄、視力減退等)が惹起されることは、多くの症例及び実験等により確認されている。右のクロロキンの網膜への作用機序は現在のところ次のように説明されている。

クロロキンの体内吸収はきわめて良好である反面その排斥は緩徐であり体内蓄積が著明であつて、肝、腎、脾、肺等の組織には血中濃度に比較して数百倍もの濃度で蓄積し(なお、肝臓に蓄積されたクロロキンは引続き血中に放出される。)、特に虹彩、脈絡膜、網膜色素上皮のようなメラニン含有組織にはさらに高濃度で存在する。クロロキンが網膜に対し毒性をもつのは右のように網膜色素上皮に極めて強い親和性をもつて蓄積することが一次的な大きな要因になっており、クロロキンの蓄積によりまず広範囲にわたる網膜色素上皮が膨化すると同時にメラニンの減少及び稀薄化、脱水素酵素の活性低下が認められ、その後視細胞に変化が生じるものとされる。

またこのほかにクロロキンはまず視細胞のエリプソイドに含まれる酸化酵素を破壊又は抑制することによつて視細胞を一次的に障害するという説、あるいは黄斑傍中心部から黄斑周辺部付近に存在する動静脈吻合がクロロキンによつて障害を受けこれらの血管の支配領域である後極部の網膜が周辺部の網膜に比べてより敏感に変化を起し色素上皮、視細胞及び毛細血管の障害が現われるとする説もある。

いずれにせよクロロキンが原因で網膜障害が生ずること自体は明らかである。

5  原告千章はクロロキンを主成分とするキドラの服用により前記のようなクロロキン網膜症に罹患したものである。

二  被告病院医師の義務及びその違反

1  一般に患者に対し薬剤を投与する医師としては、医薬品には薬物作用(主作用)の反面有害作用(副作用)が必然的に伴うのであるから、投与する薬剤の副作用に十分な注意を払つてこれによる障害の発生を未然に防止するよう努めるべき基本的な注意義務がある。特に当該医薬品が主作用の強いもの、大量・長期投与に用いるものあるいは開発されて間もないものである場合には厳重な注意を払うべきである。

したがつて医師においては、投与しようとする医薬品について、既に報告された症例報告、学術論文、実験データその他資料により副作用の有無を調査し、副作用の報告のないものについては成分、構造式、人体への作用等から予想される副作用を考慮し、重篤、不可逆的な症状を生ぜしめるとされた医薬品については特別の事情がない限り投与を避けるか、投与するにしても患者の経過観察や必要な検査を適確に行うべきものである。

2  クロロキン製剤であるキドラは、副作用として重篤、不可逆的なクロロキン網膜症など眼障害を惹起する薬剤であり、しかも腎炎に対しては治療作用のきわめて疑わしい医薬品であつて、これらのことは原告千章がキドラの服用を始めた時点あるいは服用していた期間中に、原告千章の治療を担当した第一内科の医師らにおいて容易に予見しうることであつた。

したがつて、第一内科の医師らとしては、原告千章に対しては、キドラの投与を避けるか、投与するにしてもキドラは主作用が強く開発後間もない医薬品でしかも長期の連用を予定する薬剤であるから医学文献その他の資料を調整して予めその投与によりクロロキン網膜症が発生する危険のあることを認識し、投与の当初から定期的な眼症状の検査を行うかかる程度投与を継続した時点で投薬を中止するなどして、その服用をやめさせ原告千章にクロロキン網膜症の重篤な障害を生ずることを未然に防止する注意義務が存した。

3(一)  クロロキン製剤の副作用としてクロロキン網膜症等眼障害が惹起されるということは、原告千章がキドラを服用する以前及び服用継続中に多くの論文・記事等により報告されていた。

(二)  クロロキン製剤が重篤かつ不可逆的な眼障害を惹起するとの発表は、一九五九年(昭和三四年)のホップスらの症例報告を嚆矢とし、わが国においては昭和三七年に公刊された中野彊、平山譲両医師による症例報告が最初のものである。

もともとクロロキンはドイツ及びアメリカで開発された医薬品であつて、外国におけるクロロキンによる眼障害に関する論文は早くから存在した。前記ホップスらの症例報告は自験した三例のクロロキンによる網膜変性について詳細な報告をするとともに、それまでのクロロキンによるものと思われる眼障害の報告を逐一検討した検討した論文であり、これをもつて学問的にはクロロキン眼障害の概念は確立したというべきである。しかも右論文は世界的に最も権威がありかつ普遍的な医学雑誌である「ランセツト」に掲載されたもので、当時もわが国の医師が容易に読むことのできた論文である(右雑誌は長崎大学にも備えられていた)。右ホツプスの症例報告が発表されてからはクロロキン眼障害に関する論文は続々と発表され一九六三年(昭和三八年)までにはその数は四〇ないし五〇に達し、論文の内容も単なる症例報告にとどまらず、早期発見法、治療法、動物実験の結果、クロロキンの人体への分布、蓄積過程などに及んでいる。しかも右論文の多くは「ランセツト」「ジヤマ」など権威のある総合医学雑誌に掲載されているのである。

(三)  わが国においても右中野医師らの症例報告が刊行されてからクロロキン眼障害についての論文の発表は相次いで行われ、原告千章がキドラの服用を中止したころまでに公刊された論文は別表(一)のとおり多数に及んでいる。

とりわけ昭和三九年に「日本眼科紀要」掲載の倉知与志医師らの論文によれば当時すでに文部省がクロロキン網膜症の研究について補助金を給付していたことが窺えるし、昭和四一年の「眼科臨床医報」に掲載された井上治郎医師らの報告によれば当時までに一〇〇名以上の被験者を用いての大規模なクロロキン網膜障害の発生率調査が行われていたことが明らかであり、また昭和四三年に発表された桐沢長徳医師の論文は「日本医事新報」という一般開業医向けの雑誌に掲載されていたものである。加えて昭和四三年には一般家庭用の腎臓病の解説書にもクロロキン製剤による網膜症の発生が明記されていたほどである。

(四)  そのほか昭和四〇年当時においてクロロキン網膜症に関する報告は各種の薬理書や教科書にも掲載されていた。たとえば薬品の効能、副作用について一般的・基礎的情報を得る資料として国際的に最も著名で繁用されているアメリカのPDR(医師用机上便覧、能書集のごときもの)は現にわが国の大中病院で最も活用されている資料であり、小病院診療所におけるまで常備すべきものとされているが、同書の一九六三年(昭和三八年)版においては既に燐酸クロロキンによるクロロキン網膜症の発生が明確に警告されているし、また一九六五年(昭和四〇年)版においてはクロロキン網膜症の特徴、重篤さ、不可逆性等についてさらに詳細に述べられている。

(五)  被告は第一内科の医師らが厖大な内外の文献を読破し、特に専門外の眼科学領域の論文にまでも目を通して、クロロキン網膜症に関する報告を知見することは不可能であると主張するが、右医師らがクロロキン製剤の効能や副作用等を確認しようと考えたならば、メデイカル・インデツクスや中央医学雑誌等の抄録誌や索引を利用して前記文献を検索したり、PDRその他の基本的な薬理書に当ることにより、きわめて容易にクロロキンの副作用に関する知識を得られたというべきである。

(六)  また厚生大臣は昭和四二年三月一七日、厚生省においてもクロロキン網膜症の発生が無視できない段階に至つたため、厚生省令第八号によりキドラを劇薬に指定し、同日要指示医薬品に指定した(適用は同年四月一七日以降)。劇薬指定は直ちに副作用の存在を示すものではないが、右時点において第一内科の医師らがキドラの取扱いの突然の変更に注意を向け、厚生省あるいは製造、販売元の小野薬品に問合わせる労をとれば、この時点においてもクロロキン網膜症について知り得たはずである。

なお、厚生省はその後、昭和四四年一二月二三日厚生省薬務局長薬発第九九九号をもつて、各都道府県知事宛にクロロキン製剤の使用により角膜障害及び網膜障害を生ずることがあるので観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止するよう通知を発している。

(七)  一方キドラの製造、販売元である小野薬品でも、右の劇薬指定後の昭和四二年半ばごろ以降、キドラの能書及び医家向け宣伝用パンフレツトの記載を変更し、キドラを長期にわたり使用する際には定期的に眼科的検査を行うようにとの注意を付加記載して、キドラによる眼障害に対し警告を与えた。

(八)  以上のとおりクロロキン製剤であるキドラにより網膜症が惹起されることは、原告千章がキドラを服用していた昭和四〇年から昭和四四年ごろまでの期間中、眼科医はもとより内科医においても、特にわが国第一流の医学、医療水準にある被告病院の医師らにおいては、前記の多数の文献を検索しあるいは劇薬指定や能書の変更に意を用いることにより、これ容易に予見しえたというべきである。

4  キドラの主作用について

(一) 小野薬品が発行するキドラの添付文書(いわゆる能書)によれば、キドラの腎疾患に対する効果としては腎機能の賦活・改善、尿蛋白の消失・減少、アルプミングロブリン比の改善、尿沈渣中の赤血球の減少、尿量の増加が揚げられ、特に慢性腎炎、妊娠腎に用いるべきであるとされているが、キドラが真実右のような主作用を有するかは疑わしいものであつた。

(二) クロロキン製剤を腎炎の治療に使用していたのはわが国だけで、諸外国にはそのような例はなく局方にも前記P・D・R等にも登載されたことはなかつた。またキドラの製造、販売後においてもキドラの腎炎に対する有効性に否定的な見解がいくつかの文献に見出せる。さらに中央薬事審議会が昭和五一年七月二三日に答申したキドラについての再評価の結論によると、キドラは腎炎自体に対し適応症として問題にもされておらず、わずかに慢性腎炎の一症状である尿蛋白に対してのみ有効性があるとの一部の参考意見が付されたに過ぎない。

(三) キドラが腎炎の治療に効果をもたないことは、原告千章がキドラの服用によりいささかも回復していないという事実からも明らかである。すなわち同原告の腎炎の症状は入院時より退院時のほうが軽快しているが、これは安静や食餌療法によるもので、退院時からキドラの服用を中止した時点までの症状はほとんど変わらず、この期間中尿中の蛋白は三〇ないし一〇〇ミリグラムの間であり、尿沈渣中の赤血球も常に視野に数個存在し続けるという状態で、投与中止後やや回復したくらいである。

(四) 仮にキドラに何らかの主作用を認めるにしても、それは慢性腎炎の尿蛋白減少と尿沈渣結果の改善が主であつて腎機能の改善は必ずしも期待できず、急性腎炎に対しては自然治癒との区別が難しくその効果を認め難い。

(五) もともと急性腎炎は安静が第一であり薬物療法については適当なものがなく、また慢性腎炎は不治の病であつて治療法がないというのが現実である。前記各事実から明らかなとおり、キドラの腎炎に対する治療効果はきわめて疑わしいものがあり、このことは第一内科の医師らにおいて当時十分知り得た事実であるというべきである。

5(一)  原告千章の治療を担当した第一内科の医師らが同原告においてキドラを服用する際あるいは服用していた期間にクロロキン網膜症について知見していれば、同原告がクロロキン網膜症に罹患することを回避できたというべきである。

(二)  保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三二年四月三〇日厚生省令第一五号)の二〇条二項は、同一の投薬はみだりに反覆せず症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をすること((ハ)号)、栄養、安静、運動、職業転換等を行うことにより治療効果をあげることができる場合はこれらの指導を行いみだりに投薬をしてはならないこと((ニ)号)を規定し、医薬品の濫用を戒めているが、クロロキンによる眼障害はクロロキンの体内蓄積によるものでありクロロキンを大量に投与された者ほど副作用の発現率が高く症状も重くなるばかりか、排泄機能の衰えた腎障害者が服用した場合には他の患者に比べて体内蓄積による有害作用の影響をより大きく受けることになる。

(三)  ところでキドラの能書にはその用量として一日二、三錠を二、三回に分服し同量を超えてはならない旨及び服用効果は通常二ないし四週間で現われる旨が記載されており、疾患により長期連用が望ましいとされているが、右期間とかけ離れた長期間の服用は予定されていなかつた。また第七改正薬局方註解第一部によればキドラと同種のクロロキン製剤である燐酸クロロキンの腎炎患者に対する用量は成人一日二〇〇ないし三〇〇ミリグラム、症状に応じて一〇日ないし数週間用いるとされている。

(四)  一方クロロキン網膜症を報告した前記の文献によれば、クロロキン網膜症に罹患した患者は服用量にして合計二五〇ないし五〇〇グラムのクロロキン製剤を二ないし五年間にわたつて投与され発症したというのが大半であつて、長期・大量の投与がその原因となつていることが明らかである。この点、クロロキン製剤についての発売に至るまでの臨床実験結果や発売後における副作用はないとする報告は、いずれも投与期間が数週間から数か月のものであり、またキドラが腎炎に有効性をもつとする文献によつても一年以上キドラを投与することを推奨しているものはなく、翻つていえばキドラに副作用がないというのは投与量一〇〇グラム未満の場合にのみいえることであつた。

(五)  しかしながらクロロキン網膜症も三か月ないし六か月ごとの定期的な眼科的検査により初期段階(投与後数か月から一年ぐらい)においても診断は可能であり、この段階であれば服薬の中止により可逆的に治癒するとされている。

(六)  したがつて第一内科の医師らにおいて、原告千章が既に九か月以上キドラの投与を受け第一内科への継続通院をやめた昭和四一年八月ごろ、あるいは右以降帰省の際に来診して深沢医師の下でもキドラの継続的な投与を受けている事実を知つた時に、眼科的検査を施行し初期段階のクロロキン網膜症の症状を発見するか、既に長期の投与がなされているのでそれ以上の服用は危険であると判断し投薬の中止を指示するかの措置を講じていれば、原告千章がクロロキン網膜症に罹患するのを回避しえたというべきである。

6  しかるに第一内科の医師らは前記の義務を怠り、不注意により危険を認識することなく原告千章の腎炎の治療に効果をもたないキドラを原告千章に対し漫然昭和四〇年一一月二三日から翌四一年九月四日までの間通常の用量の二、三倍にあたる一日六錠(オロチン酸クロロキン0.6グラム)宛処方しこれを毎日服用させたほか、復学にあたり深沢医師にキドラの投与を勧奨し、その後帰省に際して第一内科に来診した折にも原告千章が引続き同量のキドラを継続して服用している事実を知りながら同様にキドラを処方するなどして、前後三年余にわたり原告千章にキドラを服用させ、この間何ら眼障害に対する配慮を行わなかつた過失により、原告千章をクロロキン網膜症に罹患させたものである。

被告は、第一内科の医師らが原告千章に対し直接キドラを処方したのは全投薬期間三年四か月のうち一一か月間に過ぎず、その余の期間は深沢医師が大坪医師の紹介状の記載にかかわらず自己の独立した判断に基づいてキドラを投与したものであると主張する。

しかしながら、当時キドラは能書において腎疾患に対し規正しい長期連用が必要とされていたのであるから、大坪医師の紹介状は実際上キドラの投与の継続を促す意味をもち、また原告千章の通学期間のみ治療を担当する立場にあつた深沢医師がそれまでの第一内科の処方を尊重することは当然予想されたことである。さらに第一内科の医師らは原告千章が帰省時に来診した際に深沢医師によりキドラが継続投与されていることを確認したうえで引続き同原告にキドラを処方したものであり、その間何ら副作用について配慮したことはないのであるから、第一内科の医師らの診療上の注意義務違反は免れない。

三  原告千章に対する被告の責任

1  (債務不履行責任) 原告千章に対し昭和四〇年一一月二日被告の使用する第一内科の医師が診療を開始した際同原告と被告との間において締結された医療を目的とする準委任契約により、被告は同原告に対し当時のわが国における高度の医療水準に基づいて疾病に対する治療を行うとともに防止可能な治療行為による人体の損傷を避けるべき契約上の義務を負担するに至つたものである。前記の義務違反は、被告の原告千章に対する債務不履行である。被告はこれにより同原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  (不法行為責任) 原告千章は国家公務員である被告病院第一内科の医師の前記注意義務違反の過失によりクロロキン網膜症に罹患し重篤な障害を生じたのであり、右医師らは被告の被用者として原告千章の診療を担当したのである。よつて被告は原告に対し民法七一五条もしくは国家賠償法一条により同原告に生じた後記損害を賠償する義務がある。

仮に深沢医師が大坪医師の紹介状の記載にかかわらず、自己の独立した判断に基づいて原告千章に対しキドラの投与を継続したものとしても、第一内科の医師らは同原告を介して深沢医師と連絡をとり合い、深沢医師のキドラ継続投与を前提として同原告にさらにキドラの投与をしたものであり、かつ深沢医師についてもキドラの投与に関して前記の第一内科の医師らと同様の過失があり、第一内科の医師らの過失行為と深沢医師の右過失行為とは互いに関連共同した共同不法行為の関係に立つから、被告は原告千章に対し右共同不法行為によつて生じた同原告の後記損害を全額賠償する義務がある。

四  原告勝儀及び和子に対する被告の責任

1  第一内科の医師らの過失により原告千章がクロロキン網膜症に罹患したこと及び右医師らが被告の被用者として原告千章の診療にあたつたものであることは前記のとおりである。

2  原告勝儀及び和子は原告千章の両親であるが、子である同原告が失明同様の傷害を受けたことにより被つた精神的苦痛は、同原告の生命が侵害された場合に比肩すべきものである。よつて、被告は原告勝儀及び和子に対し後記損害を賠償する義務を負う。

五  損害

1  原告千章の慰藉料

金一五〇〇万円

(一) 原告千章は失明寸前の昭和四五年三月クロロキン網膜症と闘いながら前記大学建築科を卒業したが、前記のとおり失明同様の状態になり、この結果幼時よりの志望であつた土木関係の仕事に就くことを断念せざるを得なくなつたばかりか、通常の職業に就くことも不可能となつた。もつともその後盲学校において再教育を受け就職はできたものの、妻の助力と少なからざる出費により辛じて維持されている状態である。このように二〇才にして光を奪われ、通常の労働能力はもとより人生を楽しむ一切の術を失いながら長い一生を送ることを余儀なくされた精神的苦痛ははかり知れない。

加えてクロロキン網膜症は初期段階を過ぎると回復しないばかりか日々失明にむかつて悪化し続けてゆくのであつて原告千章の恐怖と苦痛は瞬時に失明した場合以上に大きい。

原告千章はひたすら医師を信頼して指示に従い毎日何年間も服用し続ける努力を重ねたにもかかわらず、第一内科の医師らは自己の職務を懈怠して右信頼を裏切り前記のような被害を発生させただけに同原告の精神的苦痛は大なるものがある。

原告千章の以上の精神上の損害を償うための慰藉料額は金二〇〇〇万円をもつて相当とする。

(二) 原告千章はクロロキン網膜症により受けた損害のうち、昭和五〇年一二月一二日小野薬品との訴訟上の和解により逸失利益及び治療費その他の積極損害の全額として金二〇〇〇万円のほか、慰藉料のうち金五〇〇万円の支払を受けた。

(三) よつて被告は原告千章に対し前記慰藉料額金二〇〇〇万円から右支払を受けた金五〇〇万円を控除した金一五〇〇万円を支払うべき義務がある。

2  原告勝儀及び和子の慰藉料

各金五〇〇万円

原告千章が失明同様の傷害を受けたことによる原告勝儀及び和子の精神的苦痛は甚大なものがあり、さらに右原告両名は原告千章の治療と本件訴訟のために職を捨てて故郷長崎をあとに上京し、血の滲むような努力を重ねながら、多数の眼科医を尋ねて原告千章の治療の途をさがし算定不能の多大の出費をしてきたものである。右原告両名のかかる精神上の損害を償うための慰藉料額は各金五〇〇万円をもつて相当とする。

3  弁護士費用

原告千章 金三〇〇万円

原告勝儀及び和子 各金一〇〇万円

原告らは本件訴訟を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬及び実費として各請求額の二割にあたる金員(原告千章は金三〇〇万円、原告勝儀及び和子は各金一〇〇万円)の支払を約したが、右本件の債務不履行又は不法行為と相当因果関係にある損害である。

六  よつて被告に対し、原告千章は第一次的に債務不履行、第二次的不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害金合計金一八〇〇万円及びそのうち弁護士費用を除く金一五〇〇万円に対する前記債務不履行又は不法行為後で本件訴状送達の翌日である昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告勝儀及び和子は不法行為による損害賠償請求権に基づき右損害金合計各金六〇〇万円及びそのうち弁護士費用を除く各金五〇〇万円に対する不法行為ののちである前記昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第三  被告の答弁

一1  請求原因一1の事実は認める。

なお原告千章が大学に復学後長崎に帰省した際に第一内科で受診したのは昭和四一年一二月二二日、昭和四二年一月五日、三月一六日、三月二三日、七月二七日、八月五日、昭和四三年三月三〇日、七月二〇日、八月八日、八月一五日の計一〇回である。

2  請求原因一2のうち、原告千章が原告ら主張の期間第一内科の大坪医師らの処方により小野薬品の製造、販売するキドラ一日六錠を毎日服用したこと、同原告が長崎に帰省して来診した際には(ただし昭和四三年八月一五日が最後)第一内科においてキドラを処方したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

3  請求原因一3のうち、原告千章が昭和四四年三月に第一内科で受診した際視力減退を訴えたので、大坪医師が被告病院の眼科での受診を勧め、その結果同科で「クロロキン網膜症の疑い」との診断を受けたことと、同月二二日同原告がキドラの服用を中止したことは認めるが、その余は不知。

4  請求原因一4の事実は認める。

5  同一の事実は不知。

二1  同二1は争う。

医薬品は有効性をもつ反面、化学物質の生体に対する多面的な作用により何らかの副作用を伴うものであるが、副作用が有効性に比し大きいときはかかる医薬品に対しては国による製造、販売等の承認、許可が与えられないから、医師がこれを使用することはない。クロロキン製剤は、昭和四〇年当時クロロキン網膜症の発生という副作用が指摘されてされていたが、国による製造、販売の承認、許可が与えられかつ何ら使用禁止等の措置がとられていなかつた医薬品であつたから、医師に対しクロロキン製剤の使用を禁止するよう要求することはできない。

2  請求原因二2は争う。

キドラは当時腎炎に対し治療効果を有するものとされており、かつ第一内科の医師らにおいてキドラによるクロロキン網膜症の発生を予見することはできなかつたし、原告千章がクロロキン網膜症に罹患することを回避することもできなかつたのであるから、第一内科医師らに原告ら主張の注意義務があつたとすることはできない。

3  請求原因二3は争う。

(一) 原告らは昭和四〇年前後には多数の論文がクロロキンによる眼障害を指摘していたから予見可能であつたというが、右主張は医学研究論文の性質を無視した不当な主張である。

医学研究論文が専門誌に掲載されたとしても、その研究結果は全て肯定されるべきものではなく、単に研究結果の賛否が問われているのであつて、問題提起の段階というほかない。またそれが客観的に正当なものであつても、発表された段階では相対的な評価しか受けられないという性質を有するもので、同一症例に関する追跡報告の積重ね、一般臨床医学界での紹介及び意見交換の繰返し等の経緯をたどつてそれが正当又は確定した概念となりあるいは失当なものとして排斥される。

したがつて、評価が確定した時点から遡つて発表された時点においても当該研究論文を正当なものとして取扱うべきであつたとすることは相当でない。昭和四〇年ごろにおいてはクロロキン網膜症は問題提起の段階から追跡症例報告の段階に移行しつつあつたとはいいえても、到底確定した概念となつていたとはいい難いのであつて、右時点においては少数の研究者を除いてクロロキンによる眼障害という重篤な副作用を予見しうる者はいなかつたのである。

(二) またクロロキン製剤の胃腸障害等眼障害以外の副作用を有することは一般に認識されていたが、原告千章がキドラを服用した昭和四〇年一一月から昭和四四年三月までの時点において、当時の内科学領域の医学水準から考えれば、第一内科の医師らがクロロキン製剤により眼障害が惹起される可能性があることを予見することはできなかつた。

クロロキンによると考えられる眼障害についての指摘は外国においては原告ら主張のホツプス報告以降、またわが国においては同じく中野、平山両医師の報告以降、別表(二)のとおり主として眼科学領域の雑誌上で多数発表されている。したがつて眼科学領域においては因果関係が十分解明されない状態であつたとしてもクロロキン製剤による眼障害については認識しうる情況にあつたといえる。

しかしながら別表(二)のとおり昭和四三年までに内科医師が比較的購読する雑誌に掲載された論文、記事のうちクロロキン製剤による眼障害を報告したものは、昭和四〇年「日本内科学会雑誌」に掲載された三谷登医師の報告、昭和四一年同誌に掲載された杉山尚医師らの報告、昭和四二年「最新医学」に掲載された同医師らの報告及び昭和四三年「日本内科学会雑誌」に掲載された田中教英医師らの報告の四編にすぎない。

他方昭和四〇年までにクロロキン製剤の有効性及び薬理作用にふれた論文、記事は内科学関係の雑誌のみで約八〇編にのぼるが、その副作用について述べたものも胃腸症状をはじめとする一過性の軽度のものとするか、副作用は全くなく長期連用こそ右製剤による治療に不可欠であるとしている。ただ前記の三谷医師の報告のみが眼障害について述べているが、右は内科学会地方会の抄録記事にすぎずその拘束性は少ないというべきである。また原告千章がキドラの服用をやめた昭和四四年三月ごろまでにクロロキン製剤によると考えられる眼障害についての文献は前記の杉山医師らの二つの報告と田中医師らの報告の三編があるが、昭和四一年の杉山医師らの報告及び田中医師らの報告は内科学地方会の抄録記事であり、昭和四二年の杉山医師らの報告は内科専門誌でない雑誌に掲載されており、しかも右三編はすべてリウマチ性疾患についての報告であつた。

右のとおり原告千章がキドラを服用していた期間にわが国でクロロキンによる眼障害について報告があつたのは内科学領域においてはわずか四編の論文、記事に過ぎず、圧倒的多数の論文はクロロキン製剤の有効性を指摘しているのである。大学の内科教室に勤務する医師は日常業務の寸暇をさいて厖大な医学文献の中から自己の研究や臨床上の問題点に関連した論文を選んで目を通しているのが実情であつて、内科学領域の文献はもとより専門外の眼科学領域の文献まですべて読破することは不可能であるし、仮に内科学領域の文献をすべて読破して前記四編の報告を認識していたとしてもクロロキンによる眼障害について留意しえたかどうかは疑問である。

したがつて当時の内科学領域の医学水準からみれば大多数の医師はクロロキン製剤の有効性には思い至つても、それが眼障害を惹起するとは到底予見することはできなかつたというべきである。

なお、原告ら主張の倉知論文に関する昭和三九年度の文部省補助金は、「広帯域直記式エレクトロチノグラフの臨床応用(特に糖尿病性網膜症)」の研究テーマに対して交付されたのであり、原告らの主張は誤りである。また原告らが引用する桐沢論文は、原告千章が被告病院医師から最後の処方を受けた後の昭和四三年一一月三〇日に発表されたのであるから予見可能性存在の証拠にはならない。

(三) 原告らは内科医師が眼科学領域で認識されていたクロロキンによる眼障害を予見しえなかつたことは理解のできないことであるという。しかしながら近代医学の発達は同時にその細分化を促し各領域における医師の専門化をもたらしており、当時眼科学が内科学などの分野と境界を接している学問領域は意外に少なく、学会的規模での交流はなかつたのである。また長崎大学医学部内においても各講座間に副作用に関する情報伝達機関は確立されておらず全国的にみてもかかる機関は皆無であつたと思われる。さらに内科医師が眼科学領域の文献を渉猟するとすれば自己の研究テーマなどに直接関係するものに限定されるのが現実である。右のような情況は極度に細分化、専門化された現在の医学領域においてはむしろ必然的であり、第一内科の医師らが眼科学領域の問題を認識しなかつたとしてもやむを得なかつたといわざるを得ない。

このことはわが国の腎臓病の権威で、クロロキン製剤による腎炎治療の先駆者の一人である大島研三博士がクロロキン網膜症を認識したのが昭和四六年であることや、原告千章がキドラの服用をやめた昭和四四年三月から数年を経た時点においても眼科医師らによつてクロロキン投与者である内科医師らに対し患者の定期的な眼検査の必要を提言する論文が発表されていることに照らして明らかである。

(四) キドラが昭和四二年三月一七日に劇薬に指定されたことは認めるが、劇薬指定(薬事法四四条二項)の目的は、同法四五条以下に規定するように一定の医薬品の販売、取扱い等を規制するものであつて、医薬品の副作用を明らかにするものではない。したがつてキドラが劇薬に指定されたことによつてそれが眼障害を惹起する可能性があることを知りうるはずがなく、劇薬指定により眼障害の副作用を予見しえたとする原告らの主張は失当である。

なお原告ら主張の昭和四四年一二月二三日の薬務局長通達は既に原告千章がキドラの服用をやめた後に発せられたものであり、これをもつて原告千章がクロロキン網膜症に罹患することを予見しえたとする根拠とすることはできない。

(五) キドラの能書について原告ら主張のような注意事項の記載の変更があつたことは認めるが、右能書が現実にキドラに添付された時期は不明である。

能書(薬事法上の添付文書)は同法五二条に基づき医薬品に添付された文書であるが、右は当該医薬品について同条に定める用法、用量など使用上及び取扱上の注意その他一定の事項が記載されたものに過ぎず、一般に医師に対する知識の供給源としては程度の低いものと考えられており、また副作用あるいは使用上の注意が多く記載された場合その医薬品がかえつて危険視される結果となるため製薬業者はつとめて副作用を過少に標榜する傾向にあつたため、医師への情報伝達の手段として機能していたとはいえなかつたのである。

また被告病院保管のキドラの能書によれば昭和四四年一月八日以降のものについてしか注意事項の変更を確認できないし、小野薬品においても右変更について「能書変更」の表示をするなど注意喚起の方策を何ら講じていない。

仮に右の能書の変更が原告ら主張の時期になされた被告病院がこれを入手していたとしても、通常能書は薬局(薬剤部)のみで保管される態勢にあつて医師がこれを見る段階を経ないのである。

したがつて第一内科の医師らが右能書の注意事項の変更によりキドラによる眼障害の発生を予見しえたとすることはできない。

4  請求原因二4は争う。

(一) マラリアに対する治療薬として周知のものにキニーネ及びこれと構造式の似たキナクリン(塩酸キナクリン=アテブリンが有名)があるが、第二次世界大戦中アメリカにおいてキナ皮アルカロイドと化学的に同属である合成4―アミノキノリン誘導体が新たに注目され、その中でもクロロキンがマラリアの予防及び治療剤として最も重要視されるに至つた。一九五〇年代にはいると内外においてこれら抗マラリ剤は本来の目的以外に膠原病やアレルギー疾患等の治療にも応用されるようになつたが、アテブリンは皮膚黄染、消化器症状の副作用が強いため、副作用が少なく長期連用も可能なクロロキンが右疾患の治療に用いられるようになり、主として燐酸クロロキン(ドイツにおける販売名はレゾヒン)及び水酸化クロロキンについてその有効性が多く発表された。クロロキンが膠原病に対しても有効であることが発表されるや、当然腎炎に対する有効性も検討されるに至つた。すなわちヒトの腎炎は連鎖状球菌の感染症に続発することが多く、その発生機序としては細菌の菌体中に存在するある種の抗原性をもつた物質が腎の糸球体に付着すると同時にそれ自体に作用して抗体生産を促し、糸球体を場として抗原抗体反応が起り、一種のアレルギー性毛細血管炎のようなものをひき起すと考えられており、かかる免疫学的磯構がヒトの腎炎に関与することは定説であつてある意味ではリウマチの発病形態と類似しているからである。

すでに一九五三年ごろから外国では腎炎に対するクロロキンの投与成績が発表されていたが、わが国では神戸医科大学の辻昇三教授が最初に投与を試み、昭和三三年「総合臨床」誌上にその効果を発表して以来、右療法は多くの者により追試されその有効性が確認されている。

ところで、燐酸クロロキンはその作用が遅効的であることからある程度の連用を必要とし、これが胃腸障害を主とする副作用の発現率を高めることが指摘された。クロロキンはアテブリン等と比べ副作用の少ない薬剤として登場したにもかかわらず、リウマチ関節炎など長期服用を必要とする症例の増大につれ再び副作用が問題とされてきたのである。オロチン酸クロロキンはこのような事情を背景としてクロロキンとオロチン酸との合成剤として登場し、クロロキンの副作用を除去するとともにオロチン酸自体の薬理作用である細胞の賦活作用、造血、蛋白・糖・脂質代謝の改善作用によつてクロロキンとの相乗作用を企図して製造されることになつたのである。

従来腎炎に対する特効薬はなく、その治療は安静と食餌療法が主体であつたのであるから、クロロキン製剤が紹介されたことは医師及び患者にとつて一大福音であつた。クロロキンの作用機序は必ずしも明らかでないが、腎糸球体、毛細管構造に生じている炎症性反応の鎮静、抗炎症・抗アレルギー作用、抗原抗体反応の抑制であると考えられている。クロロキン製剤が効果を有する疾患は腎炎以外にも、肝アメーバ症、関節リウマチ、エリテマトーデス、皮膚疾患、てんかん、気管支喘息、悪性腫瘍など種々にわたり、クロロキン製剤は副作用として眼障害が指摘されている今日でも、各種疾患の治療薬としてなお有力な地位を占めている。

(二) 原告千章についてもキドラ投与による治療の必要性及び有効性があつた。

原告千章が第一内科に来院してから入院後キドラを投与するまでの間の臨床所見は次のとおりである。すなわち原告千章は昭和四〇年七月に腎炎症状が初発し、同年一〇月には心肥大と腎障害(尿蛋白プラス、尿沈渣赤血球多数)を指摘され、第一内科初診時の同年一一月二日には初発時から五か月を経過していた。右初診時の尿検査では尿蛋白三〇〇ミリグラム、尿沈渣赤血球多数であり、当日急性糸球体腎炎の診断の下に入院を指示され同月九日入院した。その後キドラを投与されるまでの所見は依然として尿蛋白は高度陽性で、尿沈渣中の赤血球も多量であつた。また家族歴によれば次弟は一七才で腎炎に罹患し末弟は六才のときにネフローゼで死亡している。右のとおり原告千章の所見は初発時が昭和四〇年七月にしてはかなり急性の所見であり、家族歴からして先天的な腎の虚弱性が考えられたほか、大学復学の希望があつて早急な腎症状の改善の必要があつた。

右のような情況においては安静と食餌療法のみでは治療期間の長期化と慢性腎炎への移行のおそれがあつたので、第一内科の医師らは当時多くの文献により慢性化のおそれのある急性腎炎及び慢性腎炎に有効で副作用は胃腸症状のみであるとされていたクロロキン製剤の使用の必要を認めキドラの投与を開始したのである。その結果尿蛋白及び尿沈渣中の赤血球、白血球とも半減して安定するに至つた。

5  請求原因二5は争う。

(一) クロロキン網膜症は不可逆的変化を伴うが早期であれば可逆的であといわれ、早期発見のため三ないし六か月に一回の定期的な眼科検査がすすめられていることは原告ら主張のとおりである。

しかしながら現在においても眼科医にとつてクロロキン網膜症の診断は困難であり、したがつて昭和四〇年ごろにおいてはクロロキン網膜症に関心の深い一部の医師を除けばその診断はきわめて困難であつた。これは原告千章に対する被告病院の眼科の診断が当初は「両側球後視神経炎」であり、のちにクロロキン網膜症を知見していた同科主任教授によつて「クロロキン網膜症の疑い」と診断されたことによつても明らかである。このように原告千章が発症した当時は眼科医師においてもクロロキン網膜症は周知の事項とはいい難かつたのである。

(二) また原告千章は昭和四一年八月まで第一内科でキドラの処方を受けているが、その後は深沢医師のもとで治療を受け帰省時においてのみ第一内科に通院しているのであつて、昭和四一年九月以降の原告千章に対する治療の主体は深沢医師である。原告千章が眼の異常を最初に自覚したのは昭和四三年一〇月であり、その決定的な自覚が昭和四四年一月であることからすれば、原告千章に対する眼科的検査は深沢医師の下において必要性が認められたのであつて昭和四一年八月までにはその必要性を認めることは困難である。

したがつて昭和四一年九月以降においては第一内科の医師らに眼科的検査によるクロロキン網膜症の発症防止の可能性はなかつたというべきである。

6  請求原因二6は争う。

原告らは深沢医師が原告千章にキドラを投与した原因として大坪医師の紹介状をあげているが、もともと疾病に対する治療方法、内容は固定したものではなく、そのときどきの患者の病状、経過に照らして適切な治療方法をとるのが医師の義務である。大坪医師の紹介状も深沢医師がいかなる経験、能力、設備をもつた医師であるか知るところがなく、ただ原告千章の適切な治療のための参考資料とする趣旨の下に、単に原告千章の病状、治療経過等を要約して記載したものに過ぎず、キドラの服用を絶対視するなど特定の治療方法を指示して深沢医師の判断を拘束したものではない。第一内科の処方と同様に深沢医師がキドラを投与したのは同医師の主体的判断に基づくものである。原告千章の腎炎の全治療期間三年四か月を通じ、第一内科における入院及び通院治療期間は九か月であり、その後の帰省時の投与を含めても第一内科のキドラの全投薬期間は一一か月である。

三1  請求原因三1のうち原告主張の準委任契約の事実は認める。ただし、右契約によりなすべき治療行為は「高度の医療水準」に基づくものではなく「診療当時における医療水準」に基づくものである。その余は争う。

2  請求原因三2の不法行為責任及び賠償義務は争う。

四  同四1、2は争う。

原告千章の眼障害の程度は失明同様とまではいえず、既に職を得て収入の途があり、婚姻して生活上の世話をする者があること等を考えれば、原告勝儀及び和子の受けた精神的苦痛は原告千章が死亡した場合に比肩すべきものとはいえない。

五1  請求原因五1(一)及び(三)は争い、(二)の事実は認める。

原告千章の眼障害は高度のものであるが、他人の顔は判別できないものの姿形は認識可能のようであり、眼障害の程度を失明同様ということは相当でない。

また原告千章は医師が信頼を裏切つたことにより一層の精神的苦痛を受けたと主張するが、担当医の大坪医師がいかに良心的に原告千章の治療にあたつたかは第一内科への外来通院に際して同原告が同医師の外来当番の日を選んで通院したことからも明らかである。

2  請求原因五2及び3は争う。

第四  証拠<省略>

理由

一原告提出の甲号各証及び被告提出の乙号各証の各成立(写をもつて書証とするものについては原本の存在及び成立)の真正は当事者間に争いがない。

原告田中千章は、千葉工業大学に在学中の昭和四〇年一一月二日、国立長崎大学医学部附属病院第一内科で受診し急性糸球体腎炎と診断され、同科において、同月九日から昭和四一年四月七日まで入院し続いて同年八月二五日まで通院して加療を受け、その後は間もなく千葉工業大学に復学したため、船橋市の開業医で同大学校医の深沢医師のもとで引続き加療を受けるとともに、長崎市の実家に帰省の際の昭和四一年一二月二二日、昭和四二年一月五日、三月一六日、同月二三日、七月二七日、八月五日、昭和四三年三月三〇日、七月二〇日、八月八日及び同月一五日の一〇回にわたり第一内科で診療を受けたこと、その間原告千章は、昭和四〇年一一月二三日から右復学の時期まで大坪嘉昭ら第一内科の医師の処方により、クロロキンを主成分とする小野薬品製造、販売にかかる内服薬キドラ錠(オロチン酸クロロキン)の投与を受けて毎日服用したこと、同医師は原告千章の復学に際しキドラの処方を含む従前の診療経過を要約記載した深沢医師に対する紹介状を同原告に交付したこと、原告千章は前記帰省の際の受診の都度第一内科でそれぞれキドラの投与を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、原告千章(昭和二二年一月一二日生れの男子)が第一内科に入院及び引続き通院した期間に投与を受け毎日服用したキドラの量は一日当り六錠であり、同原告は、右通院の最後の日(昭和四一年八月二五日)には第一内科で処方した二週間分のキドラを受領して遊学先に戻り、その後引続き、前記紹介状を見て従前の処方を知つた深沢医師からも同様に一日六錠のキドラの投与を受け、昭和四四年三月二二日まで(前記の長崎に帰省の際には第一内科で一週間ないし一〇日間分のキドラの補充投与を受けて)通算約三年四か月にわたり間断なくほとんど毎日キドラ六錠の服用を継続したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また原告千章が昭和四四年三月に第一内科の大坪医師に視力減退を訴え同医師の勧めにより被告病院の眼科で受診して「クロロキン網膜症の疑い」との診断を受け、同月二二日キドラの服用を中止したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告千章は昭和四三年一〇月ごろから視野に異常が現われ、翌四四年一月ごろより読書がやや困難となるなど視覚異常に気づき、同年三月一三日第一内科で受診した際大坪医師にこれを訴え、前記のとおり被告病院の眼科で検診を受け同月一四日いつたん「球後神経炎」の病名が付せられたが、同月一九日同科の高久教授の診察によつて「クロロロキン網膜症」の罹患が疑われ、同科の紹介により同年四月一七日から東京大学医学部附属病院眼科においてさらに診察を受けた結果、同科の早川医師により「クロロキン網膜症」との診断を下され、右診断はその後同科の太田陽一医師及び千葉大学医学部窪田靖夫教授により確認されている。原告千章の眼症状の経過は次のとおりである。すなわちキドラ服用開始前の昭和四〇年一一月四日にした被告病院眼科での検査では矯正視力は右眼1.2、左眼1.5で黄斑部、網膜に異常はなかつたが、キドラの服用を中止する直前の昭和四四年三月の同科での診断では矯正視力右眼1.0、左眼0.7で視野中心部に輪状暗点があり、さらに同年四月一七日の前記東京大学の早川医師の所見は矯正視力右眼0.6、左眼0.5で眼底黄斑部に反射異常がみられ、眼底螢光撮影では脱色素領域が認められた。また同年七月末ごろの被告病院眼科における検査結果では黄斑部混濁が増加し矯正視力は右眼0.2、左眼0.1となつた。さらに前記太田医師の診断では同年九月には左眼の矯正視力は0.06と急激に減退し、原告千章が千葉工業大学を卒業した昭和四五年三月には中心部の視力はほとんどなく周辺部の矯正視力は右眼0.07、左眼0.06となつた。昭和五〇年七月の前記窪田助教授の診断では視力は左右両眼とも0.02(矯正視力0.03)、周辺視野は正常であるが中心部には約二〇度円形の絶対中心暗点が認められるに至つた。なお原告千章は、この眼障害につき加療を受けたが治癒の見込がない旨告げられ、埼玉県在住中に同県より身体障害者第一種三級と認定された。

請求原因一4(キドラの性質、クロロキン網膜症発生機序等)は当事者間に争いがない。

以上によれば原告千章はクロロキンを主成分とするキドラの前示継続服用によりクロロキン網膜症に罹患し前記のような回復不能の眼障害を受けたものと認めることができる。

二原告千章と被告との間に診療開始の昭和四〇年一一月二日、被告において同原告に対し疾病の治療を行うとともに防止可能な限り治療行為による人体の損害を避けるという内容の準委任契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

原告千章は、右契約上の義務として被告がなすべき医療行為は「高度の医療水準」に基づくものと主張する。しかし、被告病院は国立大学医学部附属病院であるが、医科の大学の附属施設としての性質上、その個々の傷病治療ケースが大学における医学研究及び医療教育の素材となることはあつても、被告病院において日常患者に施される医療内容が我国の一般医療水準を超える特別に高度の水準を保持しているというものでもないし、証拠上、原告千章に対する加療が特に高度の医療技術や格別厳重な注意を用いるべき特異な疾病事例として開始されたという事情も認められず、同原告と被告との間に格別高度の医療を施すべき旨の合意がなされたことも認められない本件においては、被告病院は診療当時における我国の一般の医療水準に基づいて最善を尽すべきものであり、またこれをもつて足りるものである。

そして、医療契約上の義務としてでなく、不法行為の成否を判断するについての医療行為に当たる医師の注意義務についても、行為当時における一般の医療水準に基づいて判断されるべきものである。

三ところで、疾病治療のため医師が患者に対し薬剤を投与するに当たつては、薬物はその作用が多面的で本来の治療目的に添わない不都合な有害作用(副作用)をしばば発現させることがあるのは周知の事柄であるから、投薬当時の医療水準において予見しうべき副作用についてその内容、程度を把握し、特に重篤、不可逆的な障害をもたらすことが予想される場合には経過を十分に観察しつつ危険ある場合時機を失うことなく服薬を中止させるなどしてかかる障害が患者に発現することを未然に防止するよう努めるべき注意義務がある。

四甲第三号証、第二六証の一ないし二五、乙第五ないし第九号証の各一、二、第一八ないし第四三号証の各一、二、証人高岡善人、橋場邦武、大坪嘉昭、荻野正章、大島研三の各証言によれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

クロロキン一九三四年(昭和九年)ドイツのアンデルザークらにより抗マラリア剤アテブリン(塩酸キナクリン)と構造式が類似する燐酸クロロキンの形で抗マラリア剤として開発されたものであるが、海外において、一九五一年にアテブリンがエリテマトーデス等にも有効であることが発表されたのを契機に、一九五三年クロロキンも同様にエリテマトーデスに有効であるとの報告がなされ、次いでアテブリン及びクロロキンはリウマチ性関節炎にも効果があることが報告された。その後わが国において神戸医科大学の辻昇三教授がアテブリンやクロロキンが右の膠原病一連の炎症病変に有効であることに着目し、同様の膠原病とも考えられている腎炎にも効果を期待して、まず他の膠原病患者らとともに腎炎患者二名にアテブリンの投与を試み蛋白尿抑制作用があるものと認め昭和二九年一月「日本内科学会雑誌」にこれを報告した。次いで同教授は腎炎患者一〇名に対して燐酸クロロキン一日二五〇ミリグラムを二一日ないし七五日間投与を試みた結果、治療の思わしくなかつた急性腎炎四例に著効を、慢性腎炎についても大なり小なりの効果を認めたほか、アテブリンが不快な皮膚黄染を主とする副作用を伴つたのに対し燐酸クロロキンは胃腸症状等の副作用はあつたがごく軽度なもので長期投与に影響はないとの結論を得て、昭和三三年一二月「総合臨床」誌上にこれを発表した。

右臨床報告以後、我国各地の大学や病院で多くの医師により、燐酸クロロキン投与療法の追試のほか、逐次開発されたオロチン酸クロロキン、コンドロイチン硫酸クロロキン等を使用し、腎炎患者に対する各種クロロキン製剤の投与が試みられ、相次いで各種医学雑誌にその結果が発表された。これら臨床報告は証拠として提出されているものに限れば、昭和三八年までに集中し、その後は昭和四〇年一月に一件(コンドロイチン硫酸クロロキン使用報告)が発表されているが、クロロキン製剤の腎炎治療に対する効果について、少数の報告が有効性を疑問としあるいは無効とするほかは、圧倒的に多数の報告が多くの症例に有効であるとの結論に達している。

そしてこれらの有効報告において副作用に言及するものは、食慾減退、悪心、下痢等の胃腸症状、頭痛、眩量、眼の違和感(神経症状と判断している)などの副作用を挙げるが、いずれも一過性のものであつて、重大ではないと報告している。

キドラは膠原病や腎炎に有効であるとされるクロロキンと、細胞の賦活作用及び代謝改善作用(特に慢性腎炎の尿細管細胞の代謝改善作用)をもつオロチン酸の薬理効果に着目し両者を合成して開発された薬剤であり、昭和三六年六月から小野薬品により製造、販売されたものであるが、従来のクロロキン製剤がもつ長期投与による胃腸障害の副作用が軽減されるという長所ももつものとされ、昭和三六年から昭和三八年までの間の前記臨床報告の中にはキドラ(オロチン酸クロロキン)の投与結果を有効とする報告が多数含まれ、それらの投与期間は数週間ないし六か月程度でほとんどが一日投与量三〇〇ミリグラムであるが、キドラが急性及び慢性の腎炎に対しかなり治療効果を有するものとして公表されている。

クロロキンの腎炎に対する作用機序は未た解明されていないが、クロロキンが糸球体の基底膜に定着して糸球体のアレルギー反応ないし炎症性変化を抑制してその修復を助けるものと考えられていた。

クロロキン製剤が腎炎に対する治療効果をもつとされる以前には腎炎に対しては格別の治療方法はなく、安静、保温、食餌療法が施されていたに過ぎず、右のようなクロロキン製剤の腎炎に対する効果は大に注目を浴び広くその治療に用いられるようになつた。

ところでキドラの能書や医師向けの宣伝用パンフレツトにはキドラの適応症として急性腎炎が掲げられておらず、キドラの製造、販売元の小野薬品は急性腎炎に対するキドラの投与を予定していなかつたが、その理由とするところは、クロロキン製剤は一般に遅効的で効果発現には三週間前後を要するのに、急性腎炎においては安静、食餌療法による自然治癒が多いため、薬効との区別が困難であることによるものであり、前記の投与報告では、クロロキン製剤は概ね急性腎炎でも慢性期に移行する傾向のあるものや急性腎炎遷延型のものには著効があるとされている。

五<証拠>によれば、原告千章は昭和四〇年七月ごろ腎炎症状が初発し、同年一〇月には心肥大と腎障害を指摘されており、第一内科に来院した時点においては初発時から五か月を経過していたが、同科での検診では尿蛋白は高度陽性で尿沈渣中の赤血球も多数でかなり急性の所見を示しており、中程度の腎炎と判断されたこと、放置しておけば慢性腎炎への移行が考えられ、かつ原告千章の家族病歴からみて同原告は生来の腎の虚弱性があると考えられ、さらに同原告に大学への早期復学の希望があつたことから、第一内科においては主として橋場医師の判断により同原告に対するキドラの投与が決定され同原告の担当医となつた大坪医師は入院後の病状を数日観察したうえでキドラの投与を開始したこと、同原告にキドラの投与を開始してから数日を経ると、尿沈渣中の赤血球及び尿蛋白排泄量も、腎生検及び扁桃腺摘出手術の影響を受けた期間を除いて、投与前に比較して半減し、退院後もキドラの服用中は右のような状態が安定して継続していたことが認められ、

六以上の事実によれば、昭和四〇年一一月第一内科の医師らが原告千章に対しキドラの投与を決定しその服用を開始させたこと自体については、当時の一般的な医学的知見に従つた相当な治療方法であつたと認めることができる。

なお原告らは昭和五一年七月二三日の中央薬事審議会の答申を根拠として原告千章に対するキドラの投与を無用のものと非難するが、原告千章がキドラの服用を中止してから数年を経た時点の右答申は、投与当時の第一内科の医師らの判断の当否を決する根拠にはなりえない。

七そこでキドラその他クロロキン製剤が網膜症の眼障害を惹起する危険の予見可能性について判断する。

甲第五号証、第七ないし第一一号証、第一五、第一七、第一八号号、乙第一二ないし第一七号証の各一、二によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

クロロキン製剤が重篤な網膜症の眼障害を惹起するとの報告は一九五九年(昭和三四年)一〇月世界的に著名な医学誌「ランセツト」に掲載されたホツプスらの症例報告が最初のものであり、わが国においては、昭和三七年一〇月慶応義塾大学医学部眼科教室の中野彊、平山譲両医師が「眼科臨床医報」誌上に発表した症例報告を嚆矢とするが、右以後相次いでクロロキン製剤による角膜及び網膜障害の報告がなされ、原告千章がキドラの服用を中止するまでにクロロキン製剤により眼障害が惹起されるとする学術論文は、わが国だけでも眼科関係の専門雑誌を中心に多数に及んでいる。右ホツプスらの報告はクロロキン製剤による治療を受けていた患者三名について不可逆的と思われる網膜変化を詳細に観察し、これをクロロキンに原因するものと結論づけ、同製剤の使用期間の短縮と定期的な眼科検査を提言するものであり、右中野医師らの報告は一例ではあるがクロロキン網膜症の所見を詳細に記述したうえ、右ホツプスらの報告をはじめとしてそれ以後の外国の医学文献を引用し服用量や服用期間の対比を行いクロロキン製剤の長期連用に警告を発している。

その後原告千章がキドラの服用を開始した昭和四〇年一一月までに公刊されたクロロキンによる眼障害に関する医学文献のうち、昭和三九年一一月号「日本眼科紀要」掲載の金沢大学眼科の倉知与志医師らの「クロロキン網膜症」と題する報告は同医師らが経験したクロロキン網膜症三例を報告し、一〇数の外国文献を引用するものであるとともに、一症例において昭和三六年末ごろてんかん治療のためクロロキンを投与する医師においてすでにクロロキン網膜症の発生を予想していたとの記載があり、昭和四〇年六月には内科領域の医師からも燐酸クロロキンによる網膜障害が報告されている(「日本内科学会雑誌」地方会記事中の中部電力病院三谷登医師らの報告)。

さらに原告千章がキドラの投与を受け始めてから第一内科で退院後の通院治療を継続していた昭和四一年八月までの期間にもクロロキン眼障害の報告は多数あるが、このうち昭和四一年四月ごろ「眼科臨床医報」に発表された東京大学の井上治郎ら眼科医師の論文は東大病院物療内科通院中のクロロキン製剤服用者一〇三名を検査対象に網膜障害について発生率調査を行うとともに、クロロキン網膜障害は早期であれば回復可能であることを指摘し、服用の前後における眼科的検査及び服用後の定期的な眼科的検査を提唱しているし、同年五月には東北大学医学部附属病院鳴子分院内科の杉山尚医師らも「日本内科学会雑誌」地方会記事において症例報告とともに同趣旨の指摘と提言をしている。

その後原告千章が眼の異状を自覚するまでの間にもクロロキン眼障害の報告は相次いで公表され、中でも昭和四二年一〇月「最新医学」誌上に発表された杉山尚医師らの研究論文は、クロロキン製剤服用による角膜症及び網膜症に関する従来の国外及び国内における症例報告等文献をまとめ、クロロキン網膜症について症状所見を病変の進行に従つて初期、中期、後期に分けて説明し早期診断法に言及する総括的なもので、新らたに早期発見服用中止による全治症例三例(いずれも無自覚の網膜症状とされ、レゾヒン(燐酸クロロキン)一日二五〇ミリグラム一二か月連用し服用中止後一四か月で病変消失、キドラ一日三〇〇ミリグラム九九日連用し服用中止後二か月で病変消失、同七九日連用し服用中止後六か月で病変消失)を追加紹介し、クロロキン療法に当つては三ないし六か月毎の定期的眼科受診によつて早期発見に努め永久的障害を予防すべきものと結論している。(証人橋場邦武、大坪嘉昭、太田陽一、桑島治三郎の各証言を綜合すると、右の「最新医学」は専門領域を限定しない一般医師向けの平均レベルの商業医学雑誌で、その内容は各科の境界領域ないしは共通の事項に関する記事が多く掲載される傾向があることが認められる。)

これら公表された症例報告によれば、クロロキン網膜症に罹患した患者について一日当りのクロロキン製剤の服用量及び服用期間をみると、一〇〇ないし六〇〇ミリグラムを三年ないし三年六か月間(ホツプスらの報告)、二五〇ないし五〇〇ミリグラムを六年間(中野医師らの報告)、二〇〇ないし九〇〇ミリグラムを三年八か月ない五年間(倉知医師らの報告)、二四〇ミリグラムを二年七か月間(三谷医師らの報告)、二〇〇ないし六〇〇ミリグラムを一年三か月ないし四年四か月間(井上医師らの報告)といずれも長期間にわたり大量の投与が行われた例が多いが、二年未満の服用で自覚症状を呈した例や一一か月間服用後八か月経過して自覚症状が現われた例もあり、病変の発生、自覚及び症状経過と服用期間及び量との関連は個体差が大きく一定しない。

そして、昭和四三年六月株式会社保健同人社発行の家庭の医学百科シリーズ「腎臓病の百科」には腎疾患に対するクロロキン製剤投与療法の副作用として網膜症を指摘し定期的な眼科的検査をすすめる記述があり、この時期にはすでにクロロキン網膜症の存在は家庭医学の常識と化しつつある段階に達していた。

その他、甲第五号証及び証人桑島治三郎の証言によれば、昭和三九年及び昭和四〇年に開催されたリウマチ学会(構成員の多くは内科医)の総会においてクロロキン製剤による網膜症の症例報告と討論がなされ、昭和四〇年及び四一年にかけて右の報告者らにより「リウマチ」誌上にも発表されたことが認められ、また甲第三号証、第二六号証の二三及び証人荻野正章の証言によれば、小野薬品の製品一般業務に従事していた同証人は、昭和四二年三月キドラを含むクロロキン製剤が劇薬及び要指示医薬品に指定されたことを知り、当時自身で厚生省を訪れ、担当官に直接右指定の理由を質したところ、クロロキン製剤の長期大量服用による眼障害(角膜症)の症例報告があつたからであるとの回答を得たため(従つて、この当時厚生省当局者においても、すでに眼障害発生の危険に気づいていたことになる)、小野薬品では同年五月以降能書を改訂し、長期使用の際は定期的に眼科的検査をするよう注意を喚起する記載をし、かつ医家向けパンフレツトにも同趣旨の記載をするようになつたことが認められ、右各認定を動かすに足りる証拠はない。

前示の諸事実を総合すると、我国においても、クロロキン製剤長期投与による網膜症等眼障害発生の危険性は、おそくも昭和四一年末までには、その発生機序はともかくとして、眼科学領域ではほぼ確定した事柄として広く知られるようになつていて、内科、整形外科等の領域においては、すでに一部においてよく知られて討論の対象となり、その危険性に対する警告が公表されて一般に知られつつある段階にあり、昭和四二年代には内科領域においてもクロロキン網膜症の知見はかなり広まり、殊に同年一〇月「最新医学」誌の前記杉山報告発表により一般開業医レベルにまで認識が到達し、昭和四三年代半ばにして家庭医学書の採り上げるところにまで至つたものと認めることができる。

そして、前示のクロロキン製剤の投与を有効とする公表された症例報告は、その認定に供した前掲各証拠によれば、多くは投与期間を数週間ないし数か月とし、最長は一年程度のものが僅少例存するにすぎず、キドラの最長投与期間は六か月程度であることが認められる。(前掲荻野証人の証言によれば、キドラ製造者小野薬品でも、もともと長期使用の場合の投与期間を半年ないし一年程度と想定していたことが認められる。)したがつて、開発されて未だ歴史も浅い昭和四一、二年当時において、右有効報告例の投与期間を超えてさらに長期投与をした場合に、クロロキン製剤の副作用として、胃腸症状等一過性のものとして報告されているもの以外に重篤な副作用が発生することがない旨定説をもつて断定されていた状況にはなかつたのであるから(それどころか、すでにクロロキン網膜症について、海外では早くからホツプスらの報告があり、アメリカにおける許可医薬品の能書集のようなものである(甲第二二号証)PDRの一九六五年(昭和四〇年)版にも記載され(甲第二四号証)、我国においても昭和三七年以降眼科領域を中心として多数報告されていたのである)、従来の有効報告例の最長投与期間一年程度を超えてクロロキン製剤の投与を継続しようとする医師としては、当該薬剤の副作用について十分に調査、検討する慎重な態度を要求されて然るべきものであり、これは昭和四一、二年当時の医療水準においても医師としての義務に属するものということができる。(証人高岡善人の証言によれば、第一内科の主任教授であつた同証人も、当時キドラの長期使用の投与期間について半年ないし一年をめどと考えていたことが認められる。)

そして、前記のような一般の危険性認識状況のもとにあつたと認められる当時において、一般の医師が、右の義務に従つて調査をしたならば、キドラを含むクロロキン製剤長期投与による網膜症発生は十分に認識が可能であつたというべきである。

もちろん医師にとつて内外の厖大な文献を全て読破することは不可能であり、高度に専門化された医学界において専門外の領域の事項を一般的に認知することが困難であることは否定できないが、証人高岡善人及び橋場邦武の各証言によれば、内外の医学雑誌についてはその要旨を集録した索引集ないし要旨集のごときものが発行されていた(長崎大学の図書館にも備えられていた)ことが認められるから、これを検索することにより、医師において自己が患者に投与する医薬品に関する知見を各種の医学文献から得ることは容易であつたものと認められる(証人大坪嘉昭の証言によれば、事実大坪医師も被告病院の眼科医師から原告千章がクロロキン網膜症の疑いの診断を受けたことを告げられるや長崎大学の図書館において調査したところ昭和四二年一〇月発行の「最新医学」掲載の前記杉山医師の論文に触れクロロキン網膜症の知見を得る端緒としえたことが認められる)から、多数の文献を事前に読破する必要もなく、当時第一内科の医師らにおいてもクロロキン製剤の長期投与継続による網膜症の発生の危険を予知することが可能であつたものということができる。

(被告は、クロロキン網膜症に関する報告論文が問題提起から症例追跡に至る段階にあつたもので未だ正当として取扱われる段階に達していなかつたと主張する。しかし右主張は、新たな治療法や新薬の発見報告の場合に妥当するものであつて、本件のように、使用の歴史の未だ浅い薬剤に対する重篤な副作用を報告し警告を発する論文に当てはまるものではない。)

八第一内科の医師らが原告千章に対しキドラの投与を開始したこと自体についてこれが相当な治療法であつたことは前示のとおりであるところ、その投与期間は、原告千章入院中の昭和四〇年一一月二三日から千葉工業大学復学時までの九か月余にわたる第一内科での連続投与、それに続く遊学先での校医による投与とその帰省時前後一〇回にわたる第一内科外来通院受診の際の補充投与による昭和四四年三月二二日までの約二年七月(計三年四月)であることは前記のとおりであり、また乙第二号証及び証人大坪嘉昭の証言によれば、右帰省時における受診の際には第一内科の医師は原告千章が復学後も校医深沢医師から投与を受けて引き続きキドラの服用を継続していることを確認していたこと(カルテの記載及び原告千章に対する質問により服用の継続及びその期間を知ることは容易であつた)、具体的には、投与開始後約一年一月を経た昭和四一年一二月二二日には大坪医師が診察に当り服用継続を確認し翌四二年一月五日には同医師みずから追加投与し、同年三月一六日(服用継続期間約一年四月)に大坪医師、同月二三日に他の医師が診察に当たり、同年七月二七日(服用継続期間約一年八月)には一ノ瀬医師診察に当たり服用継続を確認のうえ追加投与し、同年八月五日には藤原医師が診察に当たり追加投与し、昭和四三年三月三〇日(服用継続期間約二年四月)には兵頭医師、同年七月二〇日(同約二年八月)には内山医師がそれぞれ診察に当たり追加投与し、第一内科における最後の投与は同年八月一五日であることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そうすると、原告千章が復学後最初に第一内科に来診した昭和四一年一二月二二日の段階で、すでに同原告が一年を超える長期投与を受けていたのであるから、大坪医師としては、前記の医師としての義務に従い、直ちにキドラの長期投与による副作用について調査検討し、次回来診の昭和四二年一月五日又はおそくとも同年三月一六日の来診時には調査の結果に基づいて必要な処置を講ずべく、同年三月二三日以降に診察に当たつた他の医師らも同様に調査のうえ処置すべきであつたものであり、第一内科の右医師らは右の調査をすることによりクロロキン網膜症の危険を知ることができたし、その場合、原告千章を通じ又は直接遊学先の深沢医師と連絡して同原告に専門の眼科的検査を受けさせて異常の早期発見に努め、すでに発症し又は発症のおそれあるときは直ちに服用の中止を指示するなどして原告のクロロキン網膜症による重篤な障害の結果を防止すべく、またその結果を回避しえたというべきである。

九しかるに前記の事実ならびに乙第一、二号証及び証人高岡善人、橋場邦武、大坪嘉昭の各証言によれば、第一内科医師らは、必要な調査を怠りキドラについての副作用に関し医学文献を検索して知見を得ることなくキドラ長期間にわたり大量に投与されると重篤なクロロキン網膜症が惹起される可能性のある医薬品であることに気付かず、原告千章がすでに同科入院中の昭和四〇年一一月二三日からキドラを一日六錠(オロチン酸クロロキン六〇〇ミリグラム)宛毎日服用し、復学後も引続き深沢医師の下でも同量のキドラを毎日継続服用して長期にわたつていることを知りながら合計一〇回にわたる帰省時における来診に際し従前の処分を繰り返すのみで、この間キドラの長期服用による副作用を調査することもなく、漫然深沢医師の投与継続を放置した結果、結局三年四か月もの間原告千章はキドラ服用を継続し、クロロキン網膜症による治癒不能の障害を生じたことが認められるのであつて、第一内科の医師らの当時の医療水準における前記義務違反の結果被告は前記準委任契約上の債務の本旨に従つた履行をしなかつたものというべきであり、同時に被告の被用者たる右医師らがその職務を行うにつき医師としての注意義務に反する過失があつたものというべきである。

被告は原告千章が第一内科での継続通院を終えた昭和四一年八月より後の同原告に対する治療の主体は深沢医師であつて、同原告が眼の異常を最初に自覚したのが昭和四三年一〇月であることに照らせば、同原告がクロロキン網膜症に罹患することを回避する措置は深沢医師が講ずるべきであつた旨主張するが、深沢医師にもその義務があるからといつて、第一内科の医師が義務を免れるものではなく、復学後も第一内科による診療が継続され、原告千章は昭和四一年から翌四二年の年末年始、昭和四二年の春及び夏、昭和四三年の春及び夏の帰省時において前後一〇回にわたり第一内科を訪れ受診し、そのたびに第一内科の医師によるキドラの投与継続を認識していたのであるから、深沢医師が第一内科の処方に従つてキドラを投与したかあるいは独自の判断でキドラの投与をしていたのにかかわりなく、第一内科の医師らは自己の職責において原告千章にクロロキン網膜症による重篤な障害を生ずることを回避する措置を講ずるべきであつたし、前記全投与期間三年四か月のうち主として深沢医師による継続投与の期間が約二年七月の長期にわたつているけれども、第一内科の医師らの前記義務違反と原告千章のクロロキン網膜症による障害とは相当因果関係がある。

なおクロロキン網膜症による重篤な障害を予防する措置として定期的な眼科的検査が望まれていることは前記のとおりであるが、原告千章がキドラを服用していた当時眼科医師一般において、予備知識すなわちクロロキン製剤の長期服用の認識なしに現実にクロロキン網膜症の診断を適確になしうる知識、経験を有していたか否かについては、必ずしも証拠上明らかではない。しかし、その検査は眼底所見や反射等の異常を発見すれば目的を達するに十分であり、眼科医によるクロロキン網膜症の確定診断を得る必要は少しもなく、甲第五号証及び証人桑島治郎の証言によれば右の異常を発見することは一般の眼科医にも容易であることが認められるところであり、第一内科の医師らの義務違反の成否を左右するものではない。

したがつて被告は右の債務不履行により原告千章に生じた損害を賠償する義務がある。

一〇第一内科の医師らの過失により原告千章にクロロキン網膜症による治癒不能の障害を生じたことは前記認定のとおりであり、原告勝儀及び和子が原告千章の両親であること及び第一内科の医師らが被告国が使用する公務員として第一内科に勤務し原告千章の診療にあたつていたことは被告において明らかに争わないところである。

ところで原告千章が受けた被害の程度は前認定のとおりであり、かかる事情の下で両親である原告勝儀及び和子の受けた精神的苦痛は原告千章の生命が侵害された場合に比し著しく劣るものではないと認めるのが相当である。したがつて被告は民法七一一条、七一五条により原告勝儀及び和子に対しそれぞれこれによる損害賠償として後記の慰藉料を支払うべき義務を負う。

一一原告千章の眼障害は前認定のとおりであり、また同原告本人尋問の結果によれば、原告千章は千葉工業大学建築科卒業前に視力減退及び中心部暗点の拡大の進行が始まり自己の志望する建築関係の仕事に就くことを断念せざるを得なくなつたこと、昭和四五年三月卒業後しばらく眼科治療に専念した後盲学校での再教育を受けて国立函館視力障害センターに就職し月額約一〇万円の収入を得ており、昭和五〇年八月には婚姻し伴侶を得て一家を構えたが、なお失明に近い状態での社会生活の維持には経済的負担だけでなく妻と共に肉体的精神的な相当の努力と負担を要することが認められ、これら一切の事情を総合すれば原告千章がクロロキン網膜症の障害により受けた精神上の損害を償うための慰藉料額は金一五〇〇万円をもつて相当とするところ、原告千章が小野薬品との訴訟上の和解により既に逸失利益等財産上の損害全額の賠償を受けたほか慰藉料として金五〇〇万円の支払を受けていることは同原告の自認するところであるから、被告は右受領金額を控除した金一〇〇〇万円を原告千章に対し支払う義務がある。

また右事情の下において原告千章の父母である原告勝儀及び和子の受けた精神的損害を償うための慰藉料額は各金二五〇万円をもつて相当とする。

さらに原告らは本件訴訟を弁護士たる原告ら訴訟代理人らに委任して提起追行していることは明らかであるが、事案の内容、訴訟経過に徴し本件債務不履行又は不法行為と相当因果関係にある損害と認めるべき弁護士費用額は原告千章については金一〇〇万円、原告勝儀及び和子については金二五万円をもつて相当とする。

したがつて被告は、原告千章に対し右損害金合計金一一〇〇万円及び遅延損害金請求のない弁護士費用を除く内金一〇〇〇万円に対する右損害発生後の本件訴状送達の翌日である昭和四七年五月二一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告勝儀及び和子に対し右損害金合計各金二七五万円及び同様弁護士費用を除く各内金二五〇万円に対する右同日以降完済に至るまで同率の遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

一二よつて原告らの本訴各請求は右各支払義務の履行を求める限度でこれを正当として認容し、その余の各請求を失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。被告の仮執行免脱宣言の申立は不相当としてこれを却下する。

(渡辺惺 満田忠彦 菊池徹)

別表

(一)

本名

(雑誌名)

巻・号

年代

頁数

報告者

報告例

1

眼科臨床

医報

56.10

昭和37

1962

876

中野彊

平山譲

Chloroquine Retinopathyの1例について(甲7号証)

2

56.11

'62

1,025

米村大蔵

都筑幸哉

レゾヒンのERGに及ぼす影響

3

57.6

'63

516

中野彊

Chloroquine Retinopathyの1例について

4

57.6

'63

524

永田誠

他3名

Resochinによる網膜障碍

5

57.8

'63

662

金子和正

他2名

クロロキンによる角膜障碍の1例

6

57.10

'63

901

金子和正

谷口守男

7

57.11

'63

1,007

8

臨床眼科

17.3

'63

287

大木寿子

クロロキン使用によつて起つたと思われる眼症状について

9

精神神経学

雑誌

65.

'63

72

島園安雄

他4名

燐酸Chloroquine及びthioridazine使用時における網膜電図

10

眼科臨床

医報

58.2

'64

149

新津重章

角膜クロロキン沈着症の2例

11

58.8

'64

710

田中留志男

クロロキン製剤(Kidola)に依ると思われる角膜障碍の1例

12

58.12

'64

1,083

大矢徳治

西田祥蔵

Chloroquine toxicityの1例

13

日本眼科

紀要

15.11

'64

624

倉知与志

他2名

クロロキン網膜症(甲18号証)

14

眼科

6.12

'64

945

庄司義治

(第26号氏)

キドラ(オロチン酸クロロキン)による眼障害

15

防衛衛生

11.3

'64

159

緒方鐘

他2名

クロロキンにより発生したと思われる網膜症の1症例

16

日本内科学

会雑誌

54.3

1965

285

木村郁郎

他3名

気管支喘息におけるクロロキン療法の長期観察について

17

54.3

'65

287

三谷登

他2名

燐酸クロロキン長期使用患者に発生した網膜障害の1症例(乙14号証)

18

眼科臨床

医報

59.3

'65

203

武尾喜久代

久保田伸枝

高度の視野狭窄を来たしたクロロキン網膜症の1症例

19

59.3

'65

207

徳田久弥

他2名

クロロキン網膜症の1例について

20

59.3

1965

211

田中留志男

クロロキンに依る角膜障害の1例

21

59.3

'65

214

岡村良一

他3名

クロロキンによる角膜障害

22

59.3

'65

255

松野千枝子

二宮俶子

クロロキン網膜症の1症例について

23

59.5

'65

400

米村大蔵

他2名

クロロキンのERGに及ぼす影響

24

59.9

'65

781

井上治郎

高尾宗良

クロロキン眼障害の統計的観察その1.角膜障害について

25

59.9

'65

834

米村大蔵

河崎一夫

クロロキン網膜症

26

59.9

'65

836

田中留志男

キドラに依ると思われる角膜障害の1例

27

59.10

'65

942

武尾喜久代

久保田伸枝

高度の視野狭窄を来たした

Chloroquine Retinopathyの1例

28

59.10

'65

944

米村大蔵

河崎一夫

クロロキン網膜症

29

リウマチ

6.3

'65

242

木村千仭

他3名

クロロキン剤と眼症状

30

広島医学

19.4

1966

335

R.J.MILLER

他2名

クロロキンによる膜網症および角膜症症例報告(甲8号証)

31

19.5

1966

400

三谷登

他3名

燐酸クロロキン長期使用患者に発生した網膜障害

32

眼科臨床

医報

60.1

'66

81

岡村良一

クロロキンによる角膜障害

33

60.1

'66

82

徳田久弥

他2名

クロロキン網膜症の1例について

34

眼科臨床

医報

60.2

'66

175

井上治郎

高良宗良

クロロキン眼障害の統計的観察

35

60.2

'66

180

門林山重郎

Chloroquine Retinopathyの1例

36

60.4

'66

373

門林山重郎

Chloroquine Retinopathyの1例

37

60.5

'66

424

井上治郎

他2名

クロロキン眼障害の統計的観察(甲17号証)

38

60.6

'66

609

細川裕

クロロキン網膜症の1例

39

60.6

'66

617

徳田久弥

クロロキンによる眼障害

40

60.10

'66

1.010

那須欽爾

クロロキンによる眼障害

41

日本内科学

会雑誌

55.2

1966

132

杉山尚

他5名

Chloroquine療法における眼副作用(乙15号証)

42

整形外科

17.6

'66

468

木村千仭

他3名

クロロキンと眼障害

43

日本眼科

紀要

17.2

'66

117

三根享

他4名

キドラ(オロチン酸クロロキン)内服の眼科的副作用について

44

皮膚科の

臨床

8.6

'66

423

茂木

井上治郎

クロロキン製剤による眼障害

45

最新医学

22.10

1967

2,331

杉山尚

他6名

リウマチ性疾患におけるChloroquineの基礎的並びに臨床的研究(甲5号証)

46

眼科臨床

医報

61.1

'67

71

森信隆吉

塚本美奈子

クロロキン網膜症の1例

47

61.4

'67

340

佐伯譲

クロロキン網膜症の2例

48

61.4

'67

399

松井弘治

他2名

クロロキン網膜症の3例

49

61.4

'67

406

高野紀子

クロロキン眼障害例

50

61.7

'67

706

鈴木光雄

クロロキンによる角膜障害

51

信州医学

雑誌

17.1

1968

121

山岸久夫

クロロキン眼障害後遺症の1例

52

日本臨床

26.7

1968

1,655

奥田観士

松尾信彦

クロロキン角膜症の電子顕微鏡所見

53

日本内科学

会雑誌

57.6

'68

668

田中教英

東一倫

クロロキンによる眼障害の1例(乙16号証)

54

日本眼科

紀要

19.5

'68

585

奥田観士

他2名

クロロキン角膜症の電子顕微鏡的観察

55

19.10

'68

1,025

山岸久夫

クロロキン網膜障害の1例(甲10号証)

56

眼科臨床

医報

62.3

'68

287

高橋茂樹

クロロキン網膜症の1例

57

62.9

'68

891

高橋茂樹

クロロキン網膜症と思われる1例

58

臨床眼科

22.6

'68

829

荒木保子

植村より子

クロロキン網膜症と思われる1症例

(甲9号証)

59

22.6

'68

885

奥田観士

他2名

クロロキン角膜症の電子顕微鏡的観察

60

22.10

'68

1,321

那須欽爾

山本覚次

実験的クロロキン網膜症

61

22.11

'68

1,363

菅原憲

志賀信夫

クロロキン網膜症

62

日本医事

新報

NO

2327

1969

3~

桐沢長徳

眼科領域における主なる医原性疾患

(甲15号証)

63

東京女子

医科大学

雑誌

39.1

'69

28

内田幸男

眼科領域の医原性疾患―クロロキンおよびエサンフトールの眼障害について―(甲11号証)

別表

(二)

(昭33~46)

年度

邦文

欧文(眼科関係誌を除く)

文献数

内訳

文献数

内訳

眼科誌

内科

専門誌

リウマチ

商業誌

その他

Lancet

JAMA

Amer J Med

Brit.Med J

New Eng J Med

その他

昭33

0

2

1

1

34

0

3

2

1

35

0

1

1

36

0

2

1

1

37

1

1

0

0

0

4

1

1

1

1

38

5

5

0

0

0

5

1

1

1

1

1

39

5

4

0

0

1

12

4

4

2

2

40

12

10

1

1

0

6

2

1

3

41

19

9

1

2

7

5

1

3

2

42

6

5

0

0

1(1)

3

1

2

43

7

5

1

0

1

44

11

6

0

0

5(1)

45~46

6

3

0

0

3(2)

72

48

3

3

18(4)

43

9

10

1

9

5

10

( )は内科医が比較的購読する雑誌 数字は文献数を示す

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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